神戸牛物語


福岡県の北九州市の隣の小さな町の焼肉屋が「神戸牛」とは、少し変だなと感じる方もいると思いますが、私と神戸牛とのつきあいは『焼肉おんどる』のOPEN直後からの話にさかのぼらなければいけません。
お忙しいところお付き合いいただくことをお願いいたします。

今から十数年前の秋、食道楽が高じて全くの素人だった私は、店を持つという夢を実現させるため、焼肉ならタレさえできればなんとかなるという軽い気持ちで出店を決意しました。

もちろん初めての飲食店でしたから、インテリアなどはすべて業者まかせ。
なんでも業者の意見に「YES」という良いお客さんだったなあと今考えれば冷や汗がでるようなことをしていました。

ところが、年も明けて店も落ち着きを見せ始め、ぼつぼつ常連さんも付き始めたころ、急に卸業者の肉質が落ち始め、当初の肉質を求めると倍近い金額を要求されるようになりました。

また、高いお金で手に入るならまだいい方で、これしかないと全く使い物にならないものを持ってくる業者も出る始末。
全くのお手上げ状態で途方にくれました。

業者の言い分は、牛肉の流通は暮れと盆の時期に集中していて牛肉自体無いということですけど、他店に偵察に行ってみると、普通の肉が出てきます。

結局は、牛肉自体も多少少なくはなりますが、それは老舗や大規模店に回って、うちのような小さくてはじめたばかりの店には、あまりものしか回ってこないのでしょう。

いろいろな人に、業者を紹介してくれるように頼んでみましたが、なかなか思うような返事が得られない時、メニューのデザインなんかを頼んでいた業者が、兵庫県に実家があり、神戸牛の業者を紹介しましょうということになり、藁をもすがる思いで、当時 兵庫県の志方(現:加古川市)まで飛んで行きました。

ここで少し話がそれますが、なぜ神戸牛なのに加古川市なのか というと、私も神戸近辺で生まれたから神戸牛なのかと思っていましたら、近江肉や松坂牛、神戸牛などの有名銘柄肉の殆どが兵庫県北部の但馬牛の子牛がルーツのようです。

今神戸牛としていわれているのは、専門家の言葉を借りますと、「兵庫県の飼育素牛が、原則として兵庫県内で飼育され、また県内の食肉センターに出荷されたものの中で、枝肉格付A、若しくはB4以上、脂肪交雑値No.7以上」となるそうです。
この厳密な規格をクリアした牛肉だけが「神戸ビーフ」になり、神戸牛で生まれても神戸ビーフではない牛は、相当数いるそうです。

「神戸ビーフ」は現在、「黒田庄和牛」「丹波ささやま和牛」「あわじビーフ」「三田肉」「但馬ビーフ」を含めた統一ブランド銘柄で、ちなみに私たちの行った志方の市は、但馬ビーフ・黒田庄和牛に当たるそうです。

初回は挨拶だけということでしたが、好感触を得て、次に牛肉の共励会の日に一緒に競りに行こうという話になりました。
本物の神戸牛が卸元の段階で直接見て仕入れができると思うと、喜び勇んで帰ってきました。

さて、業者の新田氏と第七回加古川市牛枝共励会に競りに行ったわけですが、みたこともないような素晴らしい肉質を目の当たりにして、少々興奮気味で、目を付けていた候補が、どんどん高値で競り落とされていく中、このままでは手ぶらで帰らなくてはいけないと焦りに焦りました。

そこで、一番良いと目を付けていた牛肉が出てきた時覚悟を決めて、これを絶対落としてくれと、業者の新田氏に頼みました。
三千円、四千円、五千円、どんどん値が上がり、全然止まる様子はありません。

とうとう、地元業者と私たちの二者になり、六千円を超えても、まだ止まりません。
いくらバブル絶頂期のいい時代だったとはいえ、これでは焼肉にしても赤字になることは間違いありません。

どうも地元の有力業者が、田舎からいきなり出てきて、いきなりいい肉を落とすのが気に入らなくて意地になっていたようです。

六千三百円を超える頃、業者の新田氏が相手の業者が顔見知りだったことに気が付いて、「遠くから来てるから何とかお願いしますよ」と譲ってもらうよう交渉してもらい、なんとか落札することができました。

そして、その共励会での最高値になり、いきなりチャンピオン牛を落札することになったのです。

落札した金額は、確かに高い買い物ですが、今までお客様に自信を持って出すことが出来なかったのが、最高のものが手に入り、賞状とトロフィーを手に、落としたチャンピオン牛の前で喜びに浸ったのです。


帰って数日して、チャンピオン牛が届き、さばきながら、少し高く出せないかなども一瞬考えましたが、いくらいい肉でも、一部の方にしか手の出ない値段を出しても、結局はお客様に振り向いてもらえないと思いなおし、赤字覚悟で泣く泣く通常メニューでお出ししたのを昨日のことのように今でも覚えています。